ローゼンクランツ NIAGARA St 試聴レポート
…by K.I.


画像:http://www.rosenkranz-jp.com/より引用

使用機器
CDプレイヤー:VRDS 50(TEAC、バージョンアップしていないもの)
プリメインアンプ:YBA PASSION△INTEGRE LTD(YBA)
スピーカー:村正試作1号機(自作)
電源タップ:NIAGARA Jr(ローゼンクランツ、バージョンアップしていないもの)

NIAGARA St(以下St)を運良く試聴する機会がありました。実はこのとき、アートクルー常連:管理人さんとM氏のおふたりが村正の試聴に来られていて、管理人さんはアートクルーからStをお借りして試聴していたのでついでに(アートクルーは年末・年始の休業中)持ってきてもらったのです。
上記使用機器の中で電源ケーブルが抜けていますが、この日は同じくアートクルーから私がお借りした電源ケーブルを3本試聴中だったので、いろんな組み合わせを試してみました。本当はそちらの実験の方が面白かったのですが、ここではStについて書くことが目的なので、あえてケーブルの要素は無視します。
それと、スピーカーには村正を使用していますので、機器の違いによる表現の違いは、一般のスピーカーよりもかなり敏感に表れることになります。
以下の記述はすべて、NIAGARA Jr(以下Jr)使用時の再生を基準としています。また、私の主観による比較ですから、クラシック系限定での比較です。

NIAGARA Stのコスト・パフォーマンス

結論から書きます。価格を考慮すると、最上級のパフォーマンスを見せてくれます。この出来ならば、組み合わせる電源ケーブルの選択を考えるのもなかなか面白そうです。

特徴は、何よりもその音の出し方にあると感じました。楽器や声などのエネルギーがストレスなく発散される印象です。特にすぐわかるのは、低域方向の押し出し感が充実していることです。オーディオによる再生において、この種の低域のパワーを求める人は相当多いのではないかというのは私の勝手な推測ですが、もしそうだとすると、このタップはかなり美味しい、と思います。

もうひとつの特徴、これを例えるとすれば、TERA(プリメインアンプ/エアボウ)の持つ音の立ち上がりの速さ、切れ込みの鋭さは並みのアンプでは太刀打ちできないほどで、いくら言葉で説明してもその魅力はわかってはもらえないと思います。理由はTERAの独特な電源システムにあるのですが、その快感を、電源タップで追求したらこうなった、というようなイメージです。YBAでもここまでのスピード感が引き出せるのか、とちょっとびっくりしました。まさに音が加速して出てくる感覚です。

スピードを感じるということは、音楽表現に置き換えると、演奏の勢いがよく伝わる、ということになります。
例えば、『コダーイ:無伴奏チェロ・ソナタ/長谷川陽子』(ビクター エンタテインメント、VICC−161)。
これは演奏の勢い、エネルギー、弦楽器の表現力、低域の特性を見るとき必ず聴く私のリファレンスCDのひとつです。この演奏でJrとStを比較してみます。もちろん使用するシステムは同じ条件とします。
Jrでは弦楽器特有の柔らかさは出るものの、激しい弓捌きとチェロらしい低域のパワー感の表現ではStの方が圧倒的です。よりオーディオ的、といってもいいでしょう。でも、決して下品な表現ではありません。

また、バラード系のボーカルでは、Stでは各ユニットが伸び伸びと良く鳴っているな、という印象。音の抜けがいいんですね。村正のホーンとの相性も良好。これならJBLとの相性は心配無用でしょう。
一方、Jrでは人の歌声を“聴かせる”という点において、そこはかとない色気を出してきます。言葉で表現するのは微妙なのですが、いかにも、歌だな〜、という印象。旋律が素直に心に届く感覚。自然さ。人の声が持つ暖かさが伝わります。聴きやすいんです。長時間オーディオを聴いていても、聴き疲れは決してしないでしょう。
村正は能率が高いホーンを中心としたシステムなので、Stでは曲によってはユニットが鳴り過ぎだと感じることがありました。オーディオ的という意味では、Stで聴くボーカルも積極的でいい音なのですけど。

思うに、Stは、低域を中心とした音の力感、吹き抜ける快感、あるいはアンプのスピーカー駆動能力をシステムに求めているという人にとっては、この上ないタップではないでしょうか。もちろん、ローゼンクランツの最大の武器である音楽性の高さ、柔軟な空間表現、音場感は基本的に持っていますから、この価格帯前後ではどのタップと比較しても連戦連勝でしょう。Jrとの比較においてさえ、先に書いたような状況だったのですから。
万一Stが評価されないとしたら、それはシステムを既に自分好みなチューニングに“固定”した後でStを導入し、バランスが崩れた場合のみでしょう。Stを前提としてチューニングをやり直せば、全く違ったシステムになるかもしれません。JrとStとでは、私だったら使用する電源ケーブルの選択が違ってきそうです。

ところで、このStを前にしてJrを改めてどう評価すべきか。これは、かなり微妙です。限られた時間内での短い比較試聴でしたが、聴く曲や聴き方(何を感じたいのか)によって、Stを基準とした場合のJrの評価は変化すると思うからです。他社のタップとの比較ならば簡単でしょうけど。

そこで、ここから先は完全に私の主観によるJrとStの評価です。
Jrの“味”はその触感、肌触りです。単純な力感、単純なワイドレンジ感ではなく、音楽を聴くときに心に響く要素とは何か、その回答(主張)をひとつのブランドとして提示したタップ。すなわち、NIAGARAの直系。従ってJrを選択するということは、Jrの主張を積極的に認め、受け入れる、ということです。システムのチューニングは、当然、Jrの特徴(味)を理解した上で、それを殺さず、生かす方向で進められないと意味がありません。
一方、Stの“味”はその優れた基本性能、バランス、エネルギー感です。接続する機器の可能性を邪魔せず、最大限引き出そうとするタップ。もちろん、NIAGARAもJrもその基本ポリシーは共通なのですが、Stをまずシステムの要に据えることによって基本的バランスが取れるので、後に続く機器を安心して吟味することが可能になるのではないでしょうか。言い換えれば、“ローゼンクランツの表現”にこだわらない人でも、満足して使えるタップ。

余談

こう考えてくると、ひとつ問題が残ります。
総合力では私はなおJrを支持しますが、バージョンアップされたJrが、Stの方向へギアチェンジしていないか、ということ。もしそうであれば、私としてはJrを選択する価値は薄く、その方向での選択としてはStで充分、という判断になります。Jrをバージョンアップする必要はないわけです。Stを二台購入する方が気が利いています。つまりStか、NIAGARAか、という選択肢しか残りません。
Jrのバージョンアップとはすなわち、Jrが持つ“色気”の充実であるべきです。

がしかし、Stのこの充実ぶりは、音色から判断すると恐らく「加速度組み立て」「加速度配線」という純粋に技術的な要素によるものだと私は推測していますから、そうであれば、Jrのバージョンアップは“音色”や“味わい”に『変化』をもたらすものではなく、それらをより濃厚なものにするはずです。
バージョンアップしないNIAGARAと、バージョンアップしたJrの比較は、かなり面白いことになるのではないでしょうか。

追記

この試聴の翌日のことです。私は、試聴のため借りていた1本の電源ケーブルを本格的に試聴していました。
でも、どうしても、リファレンスCD(バイオリン独奏)がうまく聴こえないのです。前日の村正の試聴時にも同じ違和感がありました。鳴っている音はいいし音場も広がっているのに、なんとなく、人工的な「いい音」だけを聴かされている感触。だから素直な感動にまで至らない。実在感に欠ける演奏。
このとき私は、普段は滅多にやらない、リスニング・ポイントからずれた位置で試聴していたので、余計に違和感を感じました。ということは、どこかセッティングかチューニングをミスしている可能性が高いということです。

そこで、ふと、管理人さんから教えてもらった『基本』を思い出しました。それは、アンプ(アナログ系)とCDプレイヤー(デジタル系機器)の電源供給源を分離するというもの。このことについて私は興味がなかったのでほとんど忘れていました。この記事を書いていて、そういえばリプラスの電源タップにそういう機能があったな、とようやく思い出したくらいです。

まず、アンプの電源ケーブルはJrの表現力を生かすためにJrに接続します。CDプレイヤーは直接、試聴中の電源ケーブルで壁のコンセントにつなぎます。ここにはWATTGATEのコンセントとオーディオリプラスのコンセントプレート:CPP−2SZがあるので音質劣化を心配する必要はなさそうです。

先の違和感を具体的に言うと、せっかくJrとYBAが音場を広げて豊かな空間を再現しようとしているのに、バイオリンの音が周りの空気に圧迫されて、いびつになって広がりきれない感じ。音像が滲んでいます。倍音も歪んでいます。
私は、これは全て試聴しているケーブルとの相性の悪さが原因だと考えていました。でも、相性次第でここまで音質が犠牲になるものだろうか?という疑念は、もし管理人さんの話を聞いていなかったら、浮かびませんでした。
管理人さんどうもありがとうございます。またすぐお会いするのでしょうけど、ここにきちんと書き記しておきます。
そして、接続を変更したとたん、それまでのゆがみが嘘のように完全に解消されたのです。
音場はあくまでも自然で広く深く、解像度は鋭い。村正が鳴らしているのは、まさに『音楽』。あふれる情感。

結局、私はアンプもCDプレイヤーもJrも、その実力を知らなかった、ということになります。

というわけで、改めてJrとStの再評価を。
やはり、クラシック音楽の再生における音楽性という、私が最も今重視している要素に関して、Jrのアドバンテージはなお高いと評価せざるを得ません。Jrが本当に“縁の下の力持ち”に徹したとき、聴こえてくるピュア・オーディオによる音楽は、まさにさりげなく、かつ圧倒的。コンセントと電源タップは、それぞれオーディオシステムにおける要の機器であり、ひとつの構成要素なのです。
Jrの粗捜しは、分析主義的なミクロな見方をすれば専門家はいくつか指摘できるのかもしれません。しかし、バージョンアップをして、Jrとしての真の“スタンダード”を確立すれば、もはやそれさえ無意味になるのではないかと思います。
そしてStはここに書いたように、Jrとは異なる武器を得て、Jrに肩を並べようとする勢いがあります。

バージョンアップしたJrが、恐らく現時点でのローゼンクランツとしての本来のJrであろうということを考慮すれば、『クラス最強』の称号は、StにもJrにも与えられるべきである。
これが、私の評価です。

?「バージョンアップしたJrの音を聴いていないくせに」?

そんなもの、聴かなくとも、目の前の村正が、YBAが、黙して語っているではありませんか。
今はただ、流れてくる音楽に、黙って身を委ねるのみ。

愚痴(余談)

村正ですが、正直、ちょっと気合が入り過ぎです。厳し過ぎます。私は、こんなに気合の入った試作機を作った覚えはないんですけど・・・。(了)