「村正試作1号」製作記
… by K.I.

村正小休止編〜
V 村正とTERAのリファレンス・CD / 中〜小音量再生の悦楽 ●4

「自祝! 連載50回達成記念寄稿」

@品番:WPCS-11101 TELDEC
J.S.バッハ:無伴奏バイオリンのためのソナタ・第1番・第3番 / パルティータ・第2番


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演奏:渡辺玲子
録音:2000年12月、2001年2月 秩父ミューズパーク音楽堂
使用楽器:ストラディバリウス Engleman(1709)[日本音楽財団より貸与]

この演奏の録音にこの会場を選んだ人は、彼女の演奏のことをよくわかっていたのだと思います。あるいは、彼女自身がこの会場での演奏を望んだのか・・・。
いずれにしても、演奏の内容からして、中途半端な録音しかできなかったり、二流の会場しか用意できなかったり、では、せっかくの宝が持ち腐れになるところでした。それくらい見事な演奏です。

じつは彼女はCDデビューしてまだそれほどたたない(1997年)のですが、今30代のはずです。しかも、ニューヨーク在住。とくれば、これほどの凄腕なのにメディアではそれほど名を聞かないのもうなずけます。CDは売れてなくても、たぶん、演奏会での評判は抜群でしょう。
バッハがこの一連の曲を書いたのは、30代。彼女自身による解説を少し引用してみます。
「〜今回のバッハ録音は、現在の私が感じているバッハ=私なりの等身大のバッハ=ロマンティックな傾向を持った繊細で色彩豊かなバッハに仕上がったと思っています。〜」

私の聴き所:村正はProject K2 S5800に勝てるか

わたしのオーディオにおけるクラシック体験の原点は、初代K2:S9500で聴いたベートーベンの交響曲です。

「クラシックを、しかもバッハを聴くのに、ホーン・スピーカー、それもJBLなんて、…」

と思っているそこのあなた、認識が甘い!
アートクルーのプロデュースするS5800でクラシックを聴いて、それでもなおこれに全勝しようとするのは、ちょっと無謀です。しかも今(平成15年8月現在)かの店では、あのY氏M氏によって、ちょっとした、しかし恐るべきプロジェクトが静かに深く進行中です。計画が完成したアカツキには、もし同じS5800を使用する初見のお客さんがアートクルーで鳴るS5800を聴いたら、なぜ自宅で聴くのとは違う音が出るのか、すぐにはその理由がわからずに、きっとY氏とM氏のことを、マジシャンか天才みたいに思うかもしれません。さりげなくえげつなさの度を深めつつあるY氏、M氏・・・。
がしかし、そんなことで卑屈になってはいけません。『アートクルーの音』というのはつまりは、『自分の音』でもあるのですから。いろんな意味で。

そこで、村正で聴くこの極上の演奏ですが、なかなかいけてきました。S5800、相手にとって不足なし。
思うにこれは、ウッド・ホーン(FOSTEX・H400)の潜在能力の高さによるものなのでしょう。この使いやすいタイプのウッド・ホーンは、バッハの無伴奏を味わうために作られたものかという気さえしてきます。

ところで聴き所ですが、バランスが取れていない頃の村正では、全くこの演奏を再生できませんでした。正直、既製品の“安直さ”がうらやましかったのです。音像は小さく萎縮してしまい、艶はなく、弦の音色はくすみ、情熱も伝わらない。
でも、まっとうにチューニングができれば、このバイオリンはとても渋い響きを持っています。録音も普通のCDにしては完璧です。演奏はどんな巨匠よりも華麗。

「こんな演奏家がいたのか」

と思えるか。(S5800の話は村正とは違うタイプのスピーカーとの比較だから別として)それが、聴き所です。

ポイント:
ソナタ・第3番を聴きます。
この強力無比なソナタで、楽器の音が全て眼前に現れます。
バイオリンもいろいろで、まったく、楽器によって音色が異なるのがオーディオで聴くとよくわかりますが、ここで使用されている楽器のそれはひたすら渋い。そう感じなかったら、改善の余地有りと見て間違いはないでしょう。

A品番:STR-33606 stradivarius(イタリア)
Piangre di dolcezza 〜 La grande poesia italiana in musica


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ソプラノ:Jill Feldman
録音:2001年 イタリア

私の聴き所:
これは、私の秘密兵器です。いろんなアコースティックな音が飛び出してくるという意味でオーディオにとって厳しいジャンル=クラシックの中でも断トツで優秀な録音が揃っている『古楽』からの、“中〜小音量再生の悦楽”というテーマにぴったりな、最強の刺客の登場。
このボーカリストの声はとてもよく澄んでいて、しかも歌唱は声量を必要以上に押し出さない、ビブラートを多用しない気持ちの良い表現で(ルネ・フレミングとは対称的)、しかもホールのエコーがたっぷり。システムの高域の状態を見る、というよりは、音場が360度広がる感じが再生できるかどうか、微妙な古楽器の音の立ち上がり、エコーが拾えるかどうか。

ポイント:
システムの能力のうち、静けさ、ホール・エコー、音の広がり、解像度、楽器の定位、微妙な音色などの表現力を試しているかのような完成度の高い、というより感性の良い録音が始めから最後まで続くので、出てくる音すべてがチェック・ポイントになります。中〜小音量でシンプルな音楽を楽しむために、この演奏は大いに役に立ちます。

まとめ:
一口に録音の良いCDといっても、オーディオ・システム、特に自作スピーカーのチェックに役立つものとそうでないものとにはっきり分かれます。
再生が容易な好録音の場合は、チューニングがうまく自分の望む方向へ進んでいるのかどうか、判断し難いときがあります。特に自作スピーカーを使用する場合は、「一体どっちの音が正しいんだろうか(バランスが不用意に崩れていないかどうか、という意味です)」と迷うことがあります。バランスの崩れた音を聴いて、その刺激感を一瞬「気持ちいい」と錯覚することも。
これに対して再生が難しい好録音の場合は、チューニングがうまくいった瞬間に、「あぁ、これが本来聴きたかった音だったのか」と後から納得することが多いように思います。
カンターテ・ドミノ』は前者の筆頭。もちろん今回取り上げた二つのCDは後者の筆頭です。

ただ、自作スピーカーによる再生で高域のバランスをしくじっていたら、『Piangre di dolcezza』では不意にソプラノの強い歪みに襲われるかもしれません。私のようにウッド・ホーンに細工を施している場合には、快適でありながら同時に厳しい演奏にもなります。

自作スピーカーのチューニングの場合、基本的なバランスを作るためのものと、そのあとに自分の色を加えるためのチューニングとを区別する必要があると思います。更に、その区別は自作スピーカーを含むシステム全体にも及びます。自分のシステムの音の組み立て(なにがどうしてこういう音が出ているのか)を理解し、整理しないと、迷路にはまるのかもしれません。
ただ、プロに言わせれば、素人はたいてい、それを確認するほんのちょっとした“作業”をやらない、というだけのことなのでしょう。そしてそれは『アクセサリー』と呼ばれるものに対する認識と関係がありそうです。

いっそ、私がある特定のブランドの信者で、ブランド信仰に走ればまだ楽なのですけど。でもわたしはそもそもスタート、すなわちこの連載の冒頭に当たる時期に、悪い意味でのブランド信仰は捨てました。その点エアボウというブランドは不思議なブランドです。エアボウの音を聴いていると妙なブランド信仰にはまる心配はないのですが、同時にそれは“エアボウ信仰”を否定するものでもあるのですから。
ただ、自分の好みを無視してブランドというある種の記号に頼る(楽する)ばかりではチューニングの醍醐味は味わえない。これが、いまのところの私の考えです。(続)