「村正試作1号」製作記
… by K.I.

これまでのまとめ編〜W ローゼンクランツ ●2

インシュレーターの存在意義

専門誌には、オーディオ・アクセサリー製品の批評が、いくつかの要素(SN感、解像度、エネルギー感、など毎度おなじみのもの)ごとに点数化され、その得点と価格帯によってランクづけされた格好でときどき掲載されています。
よく専門誌を読む人にとっては見慣れた光景でしょうけど、わたしはあまり読まない方なので、いまだに軽い違和感を覚えます。なぜなら、こうした手法は、編集しやすさ、読みやすさはあっても、基本となる考え方が欠けていると、初心者に余計な先入観を植え付けることにもつながるような気がするのです。その先入観とはつまり、『8万円のプリメインアンプと片側で5万円のスピーカーを買った場合、必要なインシュレーターはだいたい、1個数千円以下くらいが適当だろう』というような感覚です。

たぶん、雑誌の批評記事の場合は、実験の基準となる高級システムがあらかじめ決まっていて、そこにいろいろな製品をあてはめた場合の“変化”を“評価”に置き換えているのではないでしょうか。でも本来、インシュレーターの選択は使い手がどういうシステムを組んでいるか、どういう音が好みなのかによって変わってくるはずなので、雑誌の評価から想像される通りの音が出るとは限らない。また、スピーカーが安いからといってインシュレーターも安いものでいいとは限らない。

わたしは当初(アートクルー開店以前)は、先に書いたような考えでした。ペアで5万円くらいのスピーカーに1個1万円のインシュレーターを使うのは、価格不相応であって、間違いだろう、と。そうした誤解を根底から覆してくれたのが、ローゼンクランツのインシュレーターであり、松岡式チューニンググッズだったのです。
もし私が先に書いたような発想をしていたら、たとえば村正の音質を向上させるために、箱の合板代より遥かに高額なハンターの玉石ベースを導入したり、ダディを投入したりはしなかったでしょう。自作の安上がりのスピーカーにそこまでお金をかけるのは、もったいない、と感じたでしょうから。
また、たとえばエアボウのCLTと小さな2ウェイスピーカーを使って大型スピーカーを超える魅力ある再生を小さな部屋で実現してみよう、という考えにもならないはずです。

でも実際には人によって機器の組み合わせは違ってくるから、安いスピーカーに安いインシュレーターが良く合う、とは限らない。5万円のスピーカーに1万円のインシュレーターを使えば、10万円のスピーカーの使いこなしが悪い場合の音を楽々『喰う』かもしれない。

ローゼンクランツのインシュレーターが、使用するスピーカーに対して有効な場合、一聴してわかるのは、

『スピーカー単体の力だけでは、CDに記録された音を充分に再生できない』
『それはスピーカーの価格とは関係ない』

という事実です。(いろんなセッティングの影響でインシュレーターの効果がきちんと発揮されないケースがあるのは、この製作記〜村正成長編・ハンターふたたび●1を参照〜でも明らかですが。)
またインシュレーター以外にも、床の構造や特性、スピーカー設置のためにベースを使用するかどうか。部屋とスピーカーの大きさの相性。スピーカーの設置位置、方向。部屋の反響条件。たくさんの要素があります。

少し考えてみれば、当然ではあります。
そもそも、CDの信号を読み取り、その信号を変換し、増幅し、ケーブルを通じてスピーカーに送り出す。この過程だけでも相当多くの要素があって、いくつかの機器や部品を予算に応じて“効果的に”使用して初めて、音楽の感動をより大きく引き出すことができるはずです。
だったら、肝心の、『信号を現実にスピーカーの運動に変換して、部屋の空気をうまい具合に震わせることによって音を人工的に再生する』という部分に関しても、初心者が見逃している多くの要素があり、それらの要素に効果的に対処すれば、同じように、音楽の感動をより大きく引き出すことができるはずです。インシュレーターは、そのひとつの要素に深く関わっている、ということでしょう。

もう少し理論的に考えると、スピーカーが発する振動をどう処理するか、ということ。振動を殺すのか、それともローゼンクランツのように生かすのか。適度に抑えるのか。
この点、たとえばメーカーが自社の『高級スピーカー』に関して「あらゆる振動対策を施し・・」などと宣伝していたら、普通初心者は、その上さらにインシュレーターを加える必要について、しっかり検証しようという気にならないでしょう。うっかりすると、ゴムを多用した自作のインシュレーターを平気で使ってしまうかもしれません。

ローゼンクランツのインシュレーターの存在意義とは、スピーカーなどの機器本体だけではどうにもできない部分の問題を解決した上で、更に音楽性までも加えることができる、ということでしょう。(ローゼンクランツの音が好みに合うならばの話ですけど。)

オーディオの世界では、金銭的価値に置き換えることが比較的容易な、機器本体(アンプやスピーカーなど)は発達してきたけれど、肝心のその周囲に関しては、最近になってやっと、技術革新の効果もあって“意味”と“効果”が理解され始めたばかり、ということのようです。
そうでなかったら、ローゼンクランツのようなアクセサリー関連(この用語は好きではありません)の優秀な『作品』は、もっと早く世に出ていてもよかったはずだし、現在でももっと高く評価されてもいいはずです。
でも実際には、貝崎氏のような情熱を持った職人(敬意を払ってこう表現するのが一番ふさわしいと思うので)の存在に頼らねばならなかった。
(余談ですがデジタル・オーディオ技術に関してはまだやっとひとりで歩き始めたばかりと言ってもいいような状況らしいので、CDの再生における飛躍的な音質向上を今後は期待したいと思います)。

わたしはローゼンクランツのインシュレーターによって村正の音楽性が一気に格上げされたときに、ここに書いたような理屈によってではなく、身をもって、インシュレーターの存在意義を知りました。
要するに、
『スピーカーのメーカーは、スピーカー本体以外のことは考えない』
ということです。
でもわたしたちオーディオを通じて音楽を聴く側にとっては、そうはいかない。

『工場で生産されたスピーカーがただそこにあるだけでは、音は“音楽”にはならない』

ローゼンクランツのインシュレーターが身をもって示している事実です。自作スピーカーについても、同様です。
ちなみに、現在の真正・村正試作1号には、片側だけで、インシュレーターが全部で8個、ハンターの玉石ベースを除いてセッティングのためのベース部材が7個使用されています。それらは総て、ユニットが発する振動の影響と向き合った結果導入されたものなので、決して余計な贅沢をしているわけではありません。
いまにして思えば、私の場合、自作だけに、はなからスピーカーの完成度を疑っていた分、逆に、既製品を使う人よりも“振動”や“設置”に関して余計に考える必要があったことが、幸いだったのかも知れません。

貝崎氏の理論の意義

氏の理論そのものについては、私が聞きかじりをここで披瀝することは控えます。
もし興味があるなら、直接会える機会を探すか作る方が最上です。なぜなら、氏の理論は、実践においてこそその意味と意義が理解できるからです。「アンプの中のネジをひとつ、ふたつ変えたら、音はどう変わるか」なんて、活字にしても、意味ないでしょう。
わたしがアートクルーでの貝崎氏の実演に接して心底感心したのは、まずアイディアと実践における現実の効果(音の変化)・現象があって、その現象を裏付ける理論が、実践よりも先走ることがない、という点です。
つまり、わたしが知る限りにおいて、ローゼンクランツの製品は、机の上で無理やりひねりだされた実践を伴わない理論によって武装されたいかがわしいものではない、ということです。

ちなみに、余談ですが、『方向性』という、アートクルーの常連はみな知っているローゼンクランツの理論があります。これを実践するために貝崎氏はある方法で(特殊な用具など使わずに、自宅で)トレーニングを重ねたそうですが、そのトレーニング法は、スポーツのある最新のトレーニング法と、要点が同じだったんです。貝崎氏のトレーニングの目的と、そのスポーツ・トレーニングの目的とが、たまたま同じだったからとはいえ、ジャンルが全く違うのに、見事です。そんなところにも、ローゼンクランツの実践と理論の一致を見る思いがします。

ローゼンクランツ・インシュレーターの音

私なりにひとことでいうと、ストレスから開放されたような音。
しかも、オーディオの本来の目的、すなわち、“いい音を出すこと”ではなく、“いい音楽を聴くこと”に対して、忠実であろうとする印象があります。人工的に強調されたようないびつさを感じません。
具体的には、中域の雰囲気は、ステージがふんわり広がって、そこで楽器がしっかり鳴っている感じ。低域は、ごり押しせずに、しなやか。高域は独特の繊細感。全体には、高域、中域、低域、といちいち区別しない懐の深さを感じます。
ゴムのように音の生気を削らず、逆にスピーカーが抱えているストレスを開放するので、音圧が上がります。自然な華やかさがあり、楽器や人の声、演奏のエネルギーがよく伝わる音。それでいて響きも自然で豊か。
村正にはもともと構造的な弱点が実はあるのですが、その一部を完全に補ってくれています。

中・高域と低域、ローゼンクランツのインシュレーターで揃えたら・・・

先日、ウーファー箱の支えにBIGを、中域のドライバを支える玉石ベースの支えにダディを使用したセッティングを実験しました。

ちなみに今はウーファー箱の支えにはリプラスのOPT−1HRと松岡式カーボン・ベースを使用しています。ダディはそのまま。
この組み合わせの最大のメリットは、これ以上は不可能と思えるほど、ホーン・システムの長所を味わえること。すなわち、音の切れの鋭さ、生きのよさ、それからくる迫力、ストレートなエネルギー感を引き出すことができます。ギターの質感を伴った切れ味は、とてもDAコンバーターを使っていない音とは思えません。
低域は、リプラスの限界性能を松岡式カーボン・ベースが大きく引き上げていて、OPT−1HRを同じように使っている人に目隠しで聴いてもらったら、OPT−1HRを使っているとは絶対にわからないでしょう。OPT−1HRはHR石英未使用の旧作に比べて大幅に低域再生と立体感、柔軟性の表現を改善していますが、それでもかなりタイトな再生をします。ローゼンクランツは万能タイプだと思いますが、これはナイフひとつで敵陣に突っ込んでいくようなタイプ。それが、松岡式カーボン・ベースのおかげで、ストレスを感じない。音像をナイフで切り取ったような鋭利な低域がエネルギーを持って必要に応じて前に出ます。大袈裟な低域の増幅感が皆無。村正という名前通りの音。
従って全体的には、恐ろしく切れの良いシステムになります。
がしかし、私のリファレンス(基準)CDの上位には、『カンターテ・ドミノ』があるのです。この演奏のふくよかな自然のエコーをしっかり再生できないシステムは許容できません。当然、カンターテ・ドミノもちゃんと再生できます。アートクルーのサポートさえあれば、これくらいはできて当たり前です。

さてそのリプラスのOPT−1HRと松岡式カーボン・ベースのコンビをBIGは超えることができるのか、どうか。

結果は、BIG使用の真正・村正は、全く別のスピーカーに変身。
初めて音を出したときは、以前アートクルーで聴いた、B&W802を真っ先に思い出しました。「あー、あの音だ」と。とにかく、信じ難いほど柔らかい。これは、間接音がしっかりたっぷり出ているからだと、すぐにわかりました。
弦楽器の色気はB&Wのハイエンドクラスと比較したくなるほど凄まじく、弦の高域は艶と芸術性で勝負する音。ひとことで言うと、タンノイのフルレンジのような雰囲気と、B&W特有の柔らかさと、両方合わせたような音です。でもよく聴くと、エネルギー感は、ウーファーがよく鳴る分、全体でがっちり押し出してくるようです。この点は、リプラスリプラスのOPT−1HRと松岡式カーボン・ベースのコンビのコンビプレイとの最大の違いです。

結論は、音像の明快さではリプラスリプラスOPT−1HR+松岡式カーボン・ベース使用が好ましく、圧倒的な空間表現と雰囲気の巧みさ、低域の余裕ではBIG使用が好ましい結果となりました。恐らく、BIG使用の状態でも、ウーファー箱を作製し直して改善すれば、中高域の解像度も少し変わるはずです。
両タイプとも、聴いていて気持ちがいいことは同じなので、どちらがいい、ということではありません。お好み次第、でしょうか。でも、B&W802と比較しようかと思う音が聴けるのだったら、たとえ実際にはメーカー製の方が工作の精度と細部の構造、素材などの点で有利だとしても、自作スピーカー、充分にもとが取れると断言できます。

恐るべし!真正・村正。。でもこれ、試作品なんですが・・・
ちなみに製作原価は、KEF Model203を下回っています・・・(続)

ローゼンクランツ・インシュレーターテスト用、お薦めCD

これなら音の変化がわかり易い上、インシュレーターの差がはっきりと出ます。
内容も録音も最高です。ベヒシュタインピアノの深い音色は、ほかではめったに聴けません。演奏も、渋い。1曲目から、圧倒されるでしょう。

山本英次 ソロピアノ / グリーン・スリーブス(YPM−005)


画像:http://plaza14.mbn.or.jp/~YPM/より引用※1

1996年9月 録音技師:石渡義夫(赤坂工芸音研代表)
新潟県北魚沼郡小出町 小出郷文化会館所在のベヒシュタインピアノ使用
(ベルリンフィルのコンサートやベルリンジャズフェスティバルなどで使用)

収録曲:

1. グリーンスリーブス
2. スプリング アンド アイ
3 .引き潮
4. 時のたつままに
5. マイ フレンド ベヒシュタイン
6. ジャダ
7. 身も心も
8. プリティードール
9. ユー ドント ノウ ラブ イズ
10. ジョージア オン マイ マインド
11. 荒城の月
12. グッドナイト アリス
13. 誓い(ヤマハピアノ)

※1 2003/04/02現在、このCDはアートクルーで試聴・購入が可能です。
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