「村正試作1号」製作記
… by K.I.
村正成長編〜T ハンターふたたび ●1
さて、わたしが西欧古楽にはまってCDを恐ろしい勢いで買い込んでいたころ、セッティングが仮に一段落した『村正』は、俄然調子を上げてきていました。
でも、アートクルーで聴くピュア・オーディオの音もまた、絶好調、と思われるほどに、当然ですけど、良かったのです。生まれ変わった村正の音にやっと慣れてきた頃にはもう、それでもまだ何かが物足らない気がして、その時のシステムのセッティングにまた、疑いを持つようになっていたのです。昔よりも再生はずっと良くなっているのに。
この時期、わたしが耳で(身体で)感じる漠然とした不満足感というのは、少し前だったら、たいして気にとめなかった程度のわずかな違和感でした。それでも、アートクルーの音を聴いていると、恐ろしいことに、それが確信へと変わってしまうのがわかりました。
これは体で感じたことなので、どこがどう、とわかっていたわけではありません。もちろん、仮に設置しているにすぎない、中域用のドライバ・ホーンの下のボードは、あとで何とかしよう、と考えてましたから、そこに多少問題が残っている、ということは意識していました。
問題は、自分の身体が、もっといい音を欲してしまうことでした。特に、西欧古楽を聴き始めてからは。オーディオで聴く音楽でも充分感動できる、という厳しい事実を、知ってしまったんです。身体の奥から出てくる欲求が贅沢をしたがっている、というのではなく、微妙に、のどが渇いてしまう感覚なのです。あと、たった一杯、水を飲めばおさまる気がするのに、そのコップに手が届かない。距離にして、1mもないくらい。でもそのたった1mの距離は、スピーカーを初めて自作した私と、既製品でシステムを組むプロショップとの間にある、厳然とした格差であり、現実なのです。
そこで、その格差を素直に認めて、かつ距離感を見極めて、例えその1mが実際は1m20cmであって、なおかつ永遠の1m20cmであったとしても、コップに手をのばそうとするかどうか。それは、本人の考え次第でしょう。わたしは、水を飲むことにしました。
そうすると、必要になるのは、現在抱いている漠とした違和感・不満足感全体のうち、システム機器本体(ケーブル、インシュレーター類も含めて)の実力に相当する部分を始めに除いた後、手順としてあとまわしにするスピーカーの中域のセッティングを無視して、残った部分に関して、『確認作業』をすることです。
そこでわたしは、アンプとCDプレイヤの周辺を、疑うことにしました。ここでケーブルや部品に走ったら、それは単に、製品の力を借りて音を良くしたにしか過ぎません。まだそれほどまでには、セッティングが煮詰まっていない、という気がしました。
実は、この『確認作業』をはじめるにあたり、わたしには頼りになる音の記憶が、ひとつあったのです。アートクルーで1回だけ聴いた、記憶です。
それは、ティアックのCDプレイヤー・VRDS50を買う際に、オリジナルの脚ではなく、ローゼンクランツの大型インシュレーター・BIGをはかせたときの音。カサンドラ・ウィルソンの『traveling miles』を持参して聴きました。
低域はふた周りくらいも伸び、力強さと余裕のある響きが両立し、全体を引き締めている。これでほんとに、この価格でいいんだろうかと思ったほど、わたしにとっては納得のいく再生でした。
それが、自宅でも同じようにBIGを使用して同じ曲を聴いてみたものの、アートクルーで感じたBIGの実力が、100%出ていなかったんです。
まず、そのときに余っていた、厚さの違う人造大理石のボードを、用意しました。
それと、カーボン製の小さい薄いインシュレーターも、数枚。こういうときのためにも、『部品』は、ものによってはいくつか余るくらいに買っておいたほうがいい。
では早速、CDプレイヤーのセッティングから。
それまでBIGの下すなわちラックの板の上に敷いていたのは、厚めの人造大理石。これをはずして、BIGを素でラック上に設置しました。
これは、思ったより効きました。余計な邪魔がなくなり、素直に音が出てくる印象。ラックの下に敷いているハンターの「玉石ベース」とBIGとのコンビを、ラックが変に邪魔をしていないような。でもまだ、軽い低域です。BIGの能力は、こんなものではないはず。
次に、はずしたボードよりも薄い人造大理石を敷く。
やはり、ボード固有の癖が少し出ます。微妙に力感は上がるんですが。
そこで、松岡さんとの雑談の中で以前聞いていたことを、手持ちの材料を使って、試してみることにしました。といっても材料は限られているので、カーボンの薄いインシュレータで代用。BIGの下に敷くボードを二枚にして、それぞれ異なる厚さのものにします。その二枚のボードの間に、カーボンをはさみます。
まずはじめに、カーボンを挿入する位置を、BIGを通じてCDプレイヤーの重量がかかる部分の真下に合わせます。いままでのセッティングの中では、最もいい音がします。思ったよりも。これはちょっと、意外でした。
次に、カーボンの位置を、わざとBIGの位置とは逆の位置にします。この状態では、VRDS50の重量、23kgがBIGを作用点として下方向にかかり、それを支えるカーボンインシュレータの位置はずれたところにあるため、BIGの下のボードは、オーディオのセッティングとしては無謀なほど(見た目は微妙でも)、曲がり、水平ではなくなります。受けのボードが、手で押しても明らかに曲がってしまう状態です。
ところが、これが、わたしの予想に反して、断然素晴らしい音を出すようになったのです。問題がなければ、あまりに安上がりなセッティングなので、このまま使おうか、と思ったほどでした。それまでの低域は、音が最低域方向に伸びていこうとするのを、無理に押しとどめて邪魔している、そんな印象でした。これでは、たとえばチェロを聴いたとき、楽器としての味わいがあきらかに損なわれてしまいます。その欠点が、うそのように消えていました。
がしかし、たったひとつだけ、無視できない欠点もありました。ボードとカーボンインシュレーターの特性の影響か、高域に生理的な不快感を伴う癖のある音が乗るんです。黒板を爪でひっかいたときと似たような不快感。これでは、音楽を聴くどころではありません。「んー、もったいない。やっぱり、松岡さんの案通りに材料を集めてオリジナルボードを作らないと、代用品じゃきついな」
でも、村正のチューニングも未完成なのに、それ以外で自作の『部品』にエネルギーと時間は割きたくなかったので、わたしは、適当な既製品を求めて、アートクルーに相談することにしました。
村正の可能性を発見した、この時点でのわたしの基本的なスタンスは、こうでした。
従って、チューニング用ボードを探すといっても、コスト・パフォーマンスという見方を基本とするのは、すでに決まっていました。
〜思うに、こういうときは、欲するもの(音)と、予算との関係について、幅広い選択肢を知っているプロ・ショップに素直に相談するのが一番効率的です。素人が、変に、「あの製品はこうだから・・」と先入観を持つのは勝手ですが、効率としては、恐ろしく悪いはずです。
それに、欠かせないことは、自分の音楽観、音のついての趣味嗜好を、ショップに理解してもらうためのコミュニケーション。これは絶対に、こうしたネット上の架空の世界では得られない、決定的な要素です。〜
PB-BIG

画像:http://www.rosenkranz-jp.com/より引用
その日、山本さんがつかまったので、早速相談。
と、これまた、なんというタイミングの良さでしょうか、ハンターから、新製品が出ているとのこと。サイズを見てまたびっくり。自宅のラックと、VRDS50に、ぴたり。すでにハンターの玉石ベースの効果はスピーカーとラックの設置に使用したことで充分わかっていましたから、試聴なしに導入することにためらいはありませんでした。
注:
玉石ベースや松岡式パーツの物理的、音響的理論については、この種のネット上のコラムで詳細に記述することによる影響についてわたしは否定的な考えです。ネットで“偶然”得られる知識に受動的な性格があることは避けられない。オーディオに限らず、本当に自分にとって血肉となるものは、主体的な行動によって体感できたもののみです。
ネットの存在自体には見るべき価値があり、だからこそ私もこの管理人さんのHPにせっせと投稿しているのですけど、伝えたい内容とは、つまりはそういうことなのです。私が山本さんや松岡さんから直接聞いたことをわたしがここに文字に変換して、それを誰かが読んで頭の中で再構築したとしても、それは、本当の意味で『理解する』こととは違うのです。そう、例えると、誰かの演奏を録音したCDを聴いて、その演奏を論評する、あるいは鑑賞するとき、その論評・鑑賞の中で演奏の真実に迫ろうとすれば、必ず、音の録音と再生の技術的な限界によって制限されてしまうし、第一、演奏現場に居合わせたわけではないのだから、同じ時、同じ空気を共有してはいない評論者・鑑賞者は、『演奏の真実そのもの』を『知っている』わけではなく、『迫る』ことしかできない、という覚悟で論評・鑑賞することになります。『録音の評論・鑑賞』には、こうした『限界』と、その限界を超えるための『想像力』が同時に存在します。
純・オーディオ・システムは、この限界を軽くし、ときには突破し、時間と空間の壁を超えて想像力を膨らませようとする行為を助けるために、存在している、とわたしは感じています。(だからなおさら、セッティングやチューニングが大切になるのです)わたしがなぜ、エアボウやTERAに惚れたのか、これでわかっていただけると思います。だから、わたしも管理人さん同様、ここでは次の言葉を記すことしかできません。
「気になる人は、アートクルーへGO!」
ところで、ハンター・玉石ベースをCDプレイヤーの設置に使用した効果は、予想通り。やっと、BIGらしい音です。アートクルーでVRDS50の音を聴いていなかったら、このプレイヤーの実力を勘違いしていたところでした。細やかさも、力強さも、普通に表現できる可能性があります。意外と、固有の癖というものを感じない。
ハンターの玉石ベースは、わたしの場合、音が行きたい方向へいこうとするのを邪魔せず、脚色もせず、ちゃんと交通整理をして全体が見渡せるようにしてくれる、名サポーターです。空間の表現に関しては、一流。価格で判断すべき製品ではありません。効果だけで見れば、もっと高い価格をつけるべき作品でしょう。(続)
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